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那覇地方裁判所 平成2年(ヨ)248号 決定 1991年1月23日

債権者 甲野太郎

<ほか五二四名>

債権者代理人弁護士 中野清光

同野村弘

同大城宏子

同大城浩

同佐竹道憲

同牧志要

同宜保安浩

同儀武息茂

同幸地成修

同島田良安

同深沢栄一郎

同松永光信

同芳澤弘明

同中居久雄

同阿波根昌秀

同石川善英

同宜野座毅

同與世田兼稔

同川崎正剛

同波久地政實

同春島美也富

同新垣剛

同藤井幹雄

同宮国英男

同竹下勇夫

同羽地栄

伊志嶺善三

源武二

大川庄徹

金城武男

仲山忠克

小堀啓介

亀川栄一

金城睦

新里恵二

西平守儀

牧野博嗣

宮良長辰

安繁

宮城紀夫

新川豊

泉亀上

新垣勉

小波本健雄

島袋勝也

当山尚幸

幸喜令信

川上善良

三宅俊司

金城盛三郎

比嘉一清

債務者 三代目旭琉会丸長一家錦会こと乙山春夫

<ほか一名>

債務者ら代理人弁護士 山之内幸夫

主文

一  債務者乙山春夫は、① 別紙物件目録一の1及び2並びに同目録二記載の各建物の外壁に三代目旭琉会丸長一家錦会を表示する紋章、文字板、看板を設置し、② 別紙物件目録一2記載の建物の外壁に三代目旭琉会丸長一家錦会若松組を表示する紋章、文字板、看板を設置し、③ 別紙物件目録一の1及び2並びに同目録二記載の各建物に三代目旭琉会構成員を立ち入らせ結集させ、又は、これらの行為を容認、放置して、右各建物を三代目旭琉会丸長一家錦会の組事務所として使用してはならない。

二  債務者有限会社コンサルタント錦は、① 別紙物件目録二記載の建物の外壁に三代目旭琉会丸長一家錦会を表示する紋章、文字板、看板を設置し、② 右建物二階部分に三代目旭琉会構成員を立ち入らせ結集させ、又は、これらの行為を容認、放置して、右建物二階部分を三代目旭琉会丸長一家錦会の組事務所として使用してはならない。

三  申請費用は債務者らの負担とする。

理由

第一申請の趣旨

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  被保全権利

1  疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。

(一) 別紙債権者目録(一)記載の債権者らは、五〇メートルの距離内に近接して存する別紙物件目録一の1及び2並びに同目録二記載の各建物(以下、同目録一1記載の建物を「本件一1建物」、同目録一2記載の建物を「本件一2建物」、同目録二記載の建物を「本件二建物」といい、これらを併せて「本件各建物」という。)の近隣地域に居住する者であり、別紙債権者目録(二)記載の債権者らは、本件各建物の近隣地域において飲食店等を経営している者であり、いずれの債権者も、本件各建物に近接する道路を日常的に通行する必要がある。

(二)(1)(ア) 債務者乙山春夫(以下「債務者乙山」という。)は、組織暴力団である三代目旭琉会(以下、単に「旭琉会」という。)丸長一家錦会(以下「錦会」という。)の長であり、本件各建物を所有している。

(イ) 債務者乙山は、本件一1建物の地階及び一階部分を飲食店用貸室、二階部分を錦会の組事務所、三、四階部分を自己の住居としてそれぞれ使用しており、現在、本件一1建物には、一日平均約一九名の旭琉会の構成員が出入りしている。なお、本件一1建物の地階及び一階部分に存する貸室は現在空室である。

(ウ) 債務者乙山は、本件一2建物を錦会若松組の組事務所として使用しており、現在、本件一2建物には、一日平均約一二名の旭琉会の構成員が出入りしている。

(エ) 債務者乙山は、本件二建物の一階部分を飲食店用貸室、二、三階部分を錦会の組事務所としてそれぞれ使用しており(但し、二階部分については、後記(2)のとおり、債務者有限会社コンサルタント錦<以下「債務者会社」という。>が使用しているが、債務者乙山もその使用に関する支配を失っていない。)、現在、本件二建物には、一日平均約一四名の旭琉会の構成員が出入りしている。なお、本件二建物の一階部分に存する三室の貸室のうち、一室は空室であり、その余の二室についても、その賃借人が後記(三)の暴力団抗争による売上げの減少や生命、身体の危険から店舗の移転を考えている。

(2) 債務者会社は、経営コンサルタント業務等を目的として昭和六三年八月二四日に設立された会社であるが、実質的には錦会の構成団体である。債務者会社は、債務者乙山の指揮の下にその承諾を得て本件二建物の二階部分を錦会の組事務所として使用しており、現在、本件二建物には、一日平均約一四名の旭琉会の構成員が出入りしている。

(三) 平成二年三月、本土から五代目山口組組長が警察によって来沖を阻止された件についての対応問題を契機として、沖縄県内最大の組織暴力団である旭琉会内部において、主流派と反主流派との間に紛争が発生した。そして、平成二年九月一三日に至り、別紙主流派対反主流派対立抗争事案一覧表(以下「別表」という。)番号1記載の反主流派幹部による主流派幹部に対する拳銃使用による殺人未遂事件が発生したことから、主流派は、反主流派幹部らを絶縁処分にした。これに対して、反主流派は、旭琉会を脱会し、新たに沖縄旭琉会(以下「沖縄旭琉会」という。)を結成した。その後、旭琉会と沖縄旭琉会との間に、別表番号2ないし38記載の一連の抗争事件が発生し、現在も両者間の対立は終結をみていない状況にある。なお、別表番号34記載の事件では、暴力団と関係のない高校生が拳銃で撃たれて死亡し、別表番号37記載の事件では、警察官二名が拳銃で撃たれて死亡したり、暴力団と関係のない女性が拳銃で撃たれて負傷したりしている。

2  右認定事実によると、債務者乙山春夫が、① 本件各建物の外壁に錦会を表示する紋章、文字板、看板を設置し、② 本件一2建物の外壁に錦会若松組を表示する紋章、文字板、看板を設置し、③ 本件各建物に旭琉会構成員を立ち入らせ結集させ、又はこれらの行為を容認、放置して、本件各建物を錦会の組事務所として使用を継続し、また、債務者会社が、④ 本件二建物の外壁に錦会を表示する紋章、文字板、看板を設置し、⑤ 本件二建物二階部分に旭琉会構成員を立ち入らせ結集させ、又は、これらの行為を容認、放置して、本件二建物二階部分を錦会の組事務所として使用を継続すれば(なお、右認定事実によれば、債務者らが、今後、右①ないし⑤の行為をする虞れのあることは否定できない。)、沖縄旭琉会構成員が本件各建物を旭琉会に対する攻撃の目標とすることにより、本件各建物付近で、拳銃の使用を伴う新たな対立抗争事件の発生することが十分予想される。そして、このような対立抗争事件が発生した場合、本件各建物付近に近接する道路を日常的に通行する必要がある債権者らは、これに巻き込まれて、生命、身体の安全を害される虞れが存するものということができる。

したがって、錦会の組事務所としての本件各建物の使用は、債権者らの生命、身体の安全を害する虞れのある行為というべきである。

そして、いわゆる受忍限度を超えて違法に生命、身体の安全を害される虞れのある者は、人格権に基づき、その侵害行為の差止めを求めることができるものと解されるところ(人格権に基づく侵害行為の差止めが許されることにつき、最高裁判所昭和六一年六月一一日判決・民集四〇巻四号八七二頁参照)、右によれば、債権者らの被る虞れのある生命、身体に対する侵害は、受忍限度を超える違法なものであることが明らかであるから、債権者らは、人格権に基づき、債務者らが本件各建物を錦会の組事務所として使用することの差止めを求めることができるものというべきである。

3  なお、前認定のとおり、債務者乙山は本件各建物の所有権を有しているが、所有権といえども絶対的なものではなく、その行使は公共の福祉の制限を受け、近隣住民の人格権を受忍限度を超えて侵害するような行使は許されないものといわなければならない。したがって、前認定説示に照らし、主文の限度でこれを制限したとしても憲法二九条に違反することはないものというべきである。また、旭琉会構成員(なお、右「旭琉会構成員」という文言が構成員の特定として不十分とは解されない。)を結集させること等の差止めについても、前認定のとおりの債権者らの被る虞れのある人格権侵害の程度や旭琉会がいわゆる暴力団という反社会的な組織であること等に照らし、主文の限度でこれを制限したとしても憲法二一条一項に違反することはないものというべきである。

二  保全の必要性

生命、身体の安全という人格権は、これが侵害された場合は金銭で償うことのできない損害を被る性質のものであるから、本件において保全の必要性が存することは明らかである。

三  結論

よって、債権者らの債務者らに対する本件各申請は全て理由があるから、事案に照らし保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井上繁規 裁判官 河野清孝 畑一郎)

<以下省略>

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